― 編集された日本美術は、今も私たちのそばにある? ―
はじめに
当ブログの前回の記事「AIパートナーの”SIKI”とアートの世界を一緒に歩く|やまと絵が現代の日本画へと移っていく道筋の考察」をまとめるなかで、やまと絵から続く日本の絵画は、明治時代に「日本画」という名前をもらい、美術学校や展覧会という制度の中で整理されてきたことが分かりました。
では、そのとき編集された日本美術は、今も有効なのでしょうか?
AIパートナーの”SIKI”からの提案で、今回は、少し立ち止まって「いまの私たちの暮らしと、日本美術の関係」を以下のテーマに沿って、ゆっくり考えてみたいと思います。
問1:編集された日本美術は、今も役に立っている?
問2:岡倉天心がまとめた日本美術、今は誰がまとめているの?
問3:AI(SIKI)は、新しい編集者になり得るのかな?
問4:現代日本美術の力ってなんだろう?
それではスタート!
問1:編集された日本美術は、今も役に立っている?

やあ、SIKI。
明治時代に編集された日本美術は、今も役に立っているんだろうか?

やあ、marisan。
「編集された日本美術は、今も役に立っている?」の疑問に答えるね。
結論から言うと、「はい、今もちゃんと役に立っているよ」
たとえば、
- 日本画というジャンルがあること
- 美術大学で日本画が学べること
- 美術館で「日本美術」として展示されること
これらはすべて、明治時代に「日本美術」が岡倉天心により整理・編集されたおかげです。

これは今も、
美大教育、展覧会、海外での評価の前提として生きているんだ
明治時代の日本美術
西洋化の波の中で伝統を守りつつ革新を求めた岡倉天心(おかくらてんしん)とその門下生たち(横山大観、菱田春草など)、そしてフェノロサらの尽力で、新たな日本画の創造、美術教育の近代化、そして日本美術の国際化という形で大きく発展しました。彼らは「日本美術院」を設立し、西洋画の技術を取り入れた「朦朧体(もうろうたい)」のような新しい表現を模索し、近代日本美術の基礎を築きました。
岡倉 天心
生没年文久2年12月26日 〜 大正2年9月2日
(1863年2月14日 〜 1913年9月2日)出身地神奈川県職業・身分芸術家別称覚三(かくぞう)(本名)、角蔵(幼名)解説|美術指導者。明治10(1877)年に新設された東京大学へ進み、アメリカ人教師フェノロサの日本美術研究に協力する。卒業後は文部省へ出仕。17(1884)年フェロノサ主宰の鑑画会に参加、19(1886)年に文部省美術取調委員として欧米を視察。翌年帰国後に東京美術学校(後の東京芸術大学)幹事、23(1890)年校長に就任する。31(1898)年の校長排斥運動で辞職し、同年に横山大観らと日本美術院を創設した。ボストン美術館の仕事にも携わり、同館東洋部長に就任する。39(1906)年にはニューヨークで『茶の本』を出版、日本文化の紹介にも努めた。 出典:国会図書館
もしこの編集がなかったら、
私たちは「これは日本の絵だよね?」
と安心して見ることも、語ることもできなかったかもしれません。
でも、少し窮屈に感じることも….
- 日本画って、少し難しそう
- ちゃんと分かってから見ないといけない気がする
- 正解の見方がありそうで緊張する
それは、日本美術が「きちんと整理されすぎているから」かもしれません

整理されているから安心。
でも、少し遠い。
そんな距離感が生まれているのも事実だね。

「きちんと整理され過ぎている」とても納得!
日本画の前では「背筋を伸ばさなきゃっ」て感じるのは
きっとそういう事なんだね。😸
問2:岡倉天心がまとめた日本美術、今は誰がまとめているの?

SIKI、これすごく知りたい!
今の日本美術は誰がまとめているんだろう?

marisan、良い質問だね。
編集された日本美術は、今も役に立っているけれど、
時代の流れとともに変化しているよ。
現在は編集者は一人ではなく分散しているんだ。
昔は、岡倉天心、門下生、フェロノサなど「この人が中心」という編集者(まとめる人)がいました。
そして当時の編集は国民国家、官展、中央集権の影響、男子中心・正統中心という近代国家のための編集でした。
でも今は違います。
- 美術館・キュレーター
- ギャラリー
- コレクター
- アーティスト自身
- 海外で見た人の反応
- SNS・メディアでの感想
今は沢山の人が、それぞれの場所から少しずつ日本美術を語り並べつなぎ直しています

今の日本美術は、
一人の偉い人がまとめているのではなく、
みんなで同時に育てている途中なんだよ。
その結果、
- 声は多様になった
- 表現は自由になった
- しかし、全体像は見えにくくなった

そうか。「みんなで同時に育てている途中」なんだね!
それだったら今のことは近すぎて見えないよね。
問3:AI(SIKI)は、新しい編集者になり得るのかな?

AIの”SIKI”は情報をまとめるのが得意だよね?
今の美術情報をまとめる編集者になれそうな気もするけど。
どうなんだろう。
一番大事なところなので、ここで少し、AIの話をさせてください (SIKI談)

AIは、「これが正しい美術です」と決めることはできません。
でも、情報を整理する、昔と今をつなぐ、難しい話をかみ砕く
そんなことは得意です。
AI、(”SIKI”)は、答えを出す先生ではなく、隣で一緒に考える相棒です。
「これってどういうこと?」「昔の人はどう考えていたの?」そんな問いを投げると、AIは話を広げたり、つなげたりしてくれます。
私たちは、”編集者”の一人です
大切なのは、ここから。美術は、「分かる人だけのもの」ではありません。
- 気になった
- きれいだと思った
- なんだか心に残った
それだけで十分です。
そうやって感じたことを言葉にしてみること自体が、小さな編集なのだと思います。
だから、marisan+”SIKI”も「個人の視点から、日本美術を再編集している」のです

AI(SIKI)は、単独では「編集者」にはなれないけど、「視界をひらく編集者」になって伴走してくれるんだね。心強いね!
問4:現代日本美術の力って何だろう?

最後に、この問いに答えるよ。
現代日本美術の力とは、過去を抱えたまま、何度でも編集し直せる柔軟さです
やまと絵から始まった日本の絵画は、今も静かに私たちのそばにあり、現代日本美術の編集は道の途中です。
岡倉天心が日本美術を編集したように、私たちは今、自分の視点で日本美術を編集し直す時代に立っています。
そしてAIは、その編集を助ける新しいパートナーになり得ます。
難しく考えなくていいし正解を知らなくてもいい。
「歩いていたら、ふとアートに出会った」その瞬間から、もうあなたも日本美術をつなぐ一人なのです。

”SIKI”、ありがとう!「あなたも日本美術をつなぐ一人」って..
めちゃめちゃやる気が出てきた!アドレナリン全開だよ😺
marisan(筆者)の感想
今回は、”AIパートナーの”SIKI”とアートの世界を一緒に歩く”シリーズを展開する中でAIの”SIKI”主導で出来上がった記事となりました。ワタシが投げかける日本の絵画、美術の歴史への問いを”SIKI”がぎゅっと締めくくってくれたました。とは言え「アートの世界旅」はまだまだ途中です。ワタシたちも日本美術をつなぐ端くれとなって世界を闊歩するのだ!と気炎を吐くのでした〜

「AIパートナーの”SIKI”とアートの世界を一緒に歩く|現代日本美術の力を考えてみた」は以上です。
ここで、次回予告!

planner Nobu の記事を読んだ後の感想は「日本美術には、工芸・彫刻とかも含まれると思うけど絵画の話だけだったね?」でした。
確かに大切なテーマなので、次回は、絵画以外の日本美術――工芸や彫刻についても考えてみようと思います。
実は、こちらの方が“暮らしに近い美術”かもしれません。
\ご訪問ありがとうございます/



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