マンガの源流を探り中|浮世絵以前の日本の絵画について知りたい
ワタシは美術大学に進学しましたが日本絵画の歴史をしっかりと学んでいなかったため浮世絵の由来やマンガの源流について考える際、狭い視野でしか考えていないと気がつきました。特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」は国立の博物館開催なので曖昧な知識の補強ができるのではないかと思い出向いてみました。

東京国立博物館への散歩道
東京国立博物館へ向かう出口のJR上野公園口は、いつも国内外観光客と点在する美術館を目指す人たちで賑わっています。そして週末の公園の奥からは音楽が聞こえてくるのもいつもの事です。以前マティス展で足を運んだ折には「パキスタン日本友好フェスティバル」が開催されていて音楽や物販、グルメと盛り上がっていたので、その日も何かのイベントで盛り上がっているのだろうと思いながら東京国立博物館へと向かいました。寄り道の好きなワタシですが博物館鑑賞にたっぷり体力を温存するためイベントはサラリと流します。








東京国立博物館に到着
特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」は国立博物館での展示です。『博物館』というだけで由緒正しい何かが待ち受けているようで立派な門の前、入館時には訳もなく😁襟を正したくなる気分です。敷地内に入ると、特別展示のほか常設展示、資料館などが建物ごとに分かれていて庭園や茶室まであります。陽気の良い時であればゆっくりと散歩をするだけでも豊かな気分になれそうです。
国立博物館:施設案内












特別展示の「やまと絵」とは
下記は参考にした書籍”もっと知りたい大和絵”の扉に描いてある文です。言い回しは少し難しく感じますが、やまと絵についてこれ以上の表現が見当たらないと思い引用しました。
「大和絵における春花秋草の描写を見る。それは冷静なる客観的叙述とはおよそ世にも遠いもので、譬うるならば、愛するものの涙を溜めた眼に、幽艶として映じたる花や草であった」
矢代幸雄「日本美術の特質」岩波書店、1943年
もっと知りたい やまと絵 土屋貴裕著 東京美術
大和絵は、花や草をそのまま写実する表現ではなく、叙情・心情をフィルターとした奥ゆかしい美しさを表現していると記されています。実際、展示されていた国宝級の「やまと絵」の中に写実的な要素はほとんど見られませんでした。一貫していたのは物語を1つの画面で構成するスタイルであり、現実にはあり得ないファンタジックな表現でした。
「やまと絵」の歴史
”やまと絵”は平安時代の前期に青緑山水と呼ばれる彩色の中国絵画を模倣することで成立しました。その過程で、中国の風景や風俗を描いた作品を”唐絵”、日本の風景や風俗を描いた作品をやまと絵(倭絵、倭画、和画、大和絵)とジャンルを分けたそうです。鎌倉時代後期以降になると”やまと絵”は、その頃中国からもたらされた水墨画など(漢画)の影響を受けながら独自の作品スタイルを確立しました。その後、室町時代末期に流派を分けながら広がりますが、幕末〜近代に西洋絵画の刺激を受けた後の明治時代には日本画(やまと絵、漢画をまとめた)に吸収される形で日本絵画の主流を牽引した1200年の役割を終えました。参考:もっと知りたい やまと絵(土屋貴裕著)

特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」を見た感想
さて今回この展示会に出向いた理由は、私が持ついくつかの疑問へのヒントが見つかりそうな気がしたからですが、さすが国立博物館、展示数もさながら移動する先々に国宝作品があり、「やまと絵」の長い歴史を紐解いてくれる見応えのある展示会でした。案内のフライヤーにあるように、まさしく「日本美術の教科書」を思い出す展示会でした。
▼特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」パンフレット



疑問①浮世絵以前の日本の絵画について知りたい
冒頭で触れたように浮世絵の由来やマンガの源流について考える際、狭い視野でしか考えていないと気がつきました。特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」は国立の博物館開催なので日本の絵画について曖昧だった知識の補強ができるのではないかと期待しつつ鑑賞しました。


「やまと絵」について展示物や書籍で学んだこと
■マンガでわかる「やまと絵」(国立博物館運営にて掲載されている「やまと絵」をわかりやすく説明しているサイトです)(東京国立博物館 平成館)
■参考書籍もっと知りたい やまと絵(土屋貴裕著)
歴史)日本絵画の歴史は中国絵画に由来している。唐画の模倣から始まり「やまと絵」のスタイルを確立した。
表現)「やまと絵」は遠近法に積極的なこだわりを持たず和歌に詠まれる題材をたくさん画面に配置した。
役割)「やまと絵」は宮廷、幕府で御用達として、出来事を残す、仏教を広める、など権力者の広報ツールとしての役割を担っていた。また貴族の趣味などで描かれることもあった。
時代)・平安時代「やまと絵」風景画は観念的だった。初期:「唐絵」の屏風に漢詩を読む事が多かった。その後「やまと絵」の屏風に和歌を読むようになった。中期:紙絵スタイルが盛んになった。書き手として、職業絵師や趣味で描く貴族などもいた。後期:「やまと絵」は人物への関心から作られる事が多かった。
・鎌倉時代、武士の世となる中で「やまと絵」は風景画・人物画ともに事実に基づく画風が流行する一方、王朝が文化に権威を示すために日記絵巻を作らせる等、2分する権力に従い作画様式も変化した。
・室町時代、「やまと絵」は中国の花鳥画に影響を受けた。絵師の名前が残るようになり地位が向上した。後期:宮廷絵所預を継承していた土佐派の当主になるはずの土佐光元が戦死したことで転換期を迎える。光元の父は弟子光吉に粉本や所領を託したが光吉が京都から堺へ拠点を移したことで他の絵師たちが京都でのやまと絵に進出しやすくなり「やまと絵」も多様化した。後には漢画を取り入れた「狩野派のやまと絵」様式が確立された。
・安土桃山時代、1世紀を経て土佐派が京都へ戻り、宮廷絵所預へ復帰した後は幕末までやまと絵の主流となった。
・江戸時代、土佐派の門人が住吉派として活躍し江戸で幕府御用絵師となる。デザイン性と装飾性を持つ琳派、復古やまと絵が作られた。また御用絵師による屏風画が海外への輸出品として作られた。岩佐又兵衛、菱川師宣などにより浮世絵が誕生した。
・明治時代、天皇が東京に移り住み、政治のあり方や生活様式が洋風へと大きく変わったことでそれまで朝廷、幕府の御用達だった絵師たちはほとんど没落してしまう。明治宮殿でも伝統的な「やまと絵」の出番はなく「漢画」と「やまと絵」を融合した「日本画」がその役割を担った。
疑問②マンガの源流は?|なぜ「浮世絵以前の日本絵画について知りたい」か

浮世絵作品をあちこち企画展に出向いて鑑賞するにつけ、湧き上がってくる疑問があります。「構図、テーマ、人物の描き方が現代マンガのようだ」ということです。マンガの歴史について企画展の解説、書物やサイトで調べるも納得し切れる答えに未だ出会えてはいません。ある書物には、文明開花によりヨーロッパの自由なジャーナリズムが導入され、新聞漫画流入の影響が大きいとあります。ある展示会では浮世絵にその根っこが見られるとあります。また「鳥獣戯画」こそ源流との説もありますし、そもそも何をもって”マンガの源流”と考えるかによって答えは変わるでしょう。もっと言えば正解はないとも言えます。追いかけても結論は見えないかもしれませんが、手塚治虫氏のマンガをゆりかごとして育ち今なおマンガを愛してやまない、一人の日本人として「マンガの種を日本絵画の中に自分の目で感じたい」一心、それが前述した「浮世絵以前の日本絵画について知りたい」理由なのです
「やまと絵」、異色の「鳥獣戯画」について
「やまと絵」の長い歴史の中に少し異端な印象の白描画と呼ばれる「鳥獣戯画」があります。この作品も教科書に載っている著名な作品です。「やまと絵」展でも展示されていた、この人気作品は雅な色彩の宮廷画と比べるとシンプルなモノクロ画ですが、ウサギと蛙が楽しげに戯れる絵はワタシも大好きです。そして「鳥獣戯画」は現代マンガの源流候補の一つでありワタシの気持ち的にも現代マンガの源流としてイチオシなのです。
「鳥獣戯画」についてその後の調べで分かったこと
参考サイト:ダ・ヴィンチweb
歴史)平安時代〜鎌倉時代に作成された「鳥獣戯画」は中国の宗代絵画を意識して描かれている可能性がある。
表現)「鳥獣戯画」は甲、乙、丙、丁の4巻がある。登場する猿は権力の象徴として、蛙とウサギは庶民を表していると言われる。動物を擬人化した法会画(甲巻)、動物・人がモチーフの田楽画(甲・乙巻)動物の擬人化、人がモチーフの験競べ画(丙・丁巻)をダイナミックな墨線でデフォルメして表現。作者は、鳥羽僧正覚猷(1053~1140)と言われているが、宮廷絵師説・絵仏師説・複数の制作者説など諸説ある。その中で寺院(京都の高山寺)に所蔵されていた事から、作者は絵仏師だとする説が有力視されているようだ。
役割)「やまと絵」が宮廷、幕府で御用達として、出来事を残す、仏教を広める、など権力者の広報ツールであったのに対し「鳥獣戯画」は仏事や神事を面白おかしく伝えることが目的だったように見える。
時代)平安時代〜鎌倉時代に「鳥獣戯画」は甲、乙、丙、丁の4巻でされていて複数人で描き継がれている。
marisan(筆者)の考え|「やまと絵」にマンガの源流は見つかったか?
「やまと絵」には宮廷、幕府での宮廷絵師制作物と寺院での絵仏師制作物があり目的も表現法も違っていました。さて、マンガの源流が「やまと絵」に見つかったかと言うと見つかったと思います。宮廷画に見られるファンタジーさ、コマ割りこそされていませんが1枚の絵の中に物語を配置していく様子は少女漫画をイメージします。絵仏師画では大胆なデフォルメで物語を配置していて面白い様子は少年漫画を連想させます。現代マンガ同様の体裁を整え出版・大衆化がされるまでにはまだ時間が必要ですが、「日本のマンガの心意気の芽」はニョキッと出ているような気がしました。
長い記事となりましたが、特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」の感想は以上です。
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