違和感について
日本の石器時代〜縄文時代には「特徴的」、「美しい」道具もありますが、美術史となると、それ以降の渡来文化から語られていることに違和感がありました。その頃は美しいと思う心が発達していなかったのでしょうか?
既存の説明では
大陸からの文化を「受容・模倣」し、その後に日本の風土に合わせて「日本化(和様化)」していく、という動的な過程を辿るために、最初の「成熟した技術の入力=渡来文化」が起点として、一般的には説明されます。
自分なりの再配置
でも、それはその時点では評価をする人が居なかったため、「これが日本の美術だよ」と言われてなかったからではないでしょうか。もし、縄文時代に使い勝手以外に、美しさを評価し記録し今にその記録を残すことができれば日本の美術の芯が変わってくるのではないかな?と別の線が見えてくるように思いました。
結論が出ないのかも
でもこれはまだ途中の考えで、これからも更新されるかもしれません。
このカテゴリーではこれからも日本美術で語られている事に私の疑問を投げかけていこうと思います。
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