はじめに
鎌倉へ行き、お地蔵様の写真をたくさん撮らせていただきました。手を合わせ、マナーを守ったつもりでしたが、帰宅し写真の整理を行なっていると不思議な現象が現れました。とても良い写真が撮れていましたが、色々な影響を考えてお地蔵様が写っている写真は全て削除することにしました。その関係上、記事中の写真は建物や風景だけとなりましたが訪れた場所でのお地蔵様との出会いは素晴らしいものでした。
鎌倉にお地蔵様を見に行った経緯
すでに当ブログの制作メモ記事『鎌倉へお地蔵さまを見に行く下準備』と『「地蔵」について調べたこと(メモ)』を公開していますが2月というのに暖かくまさに小春日和だった先日「鎌倉」に出かけてきました。
目的は「地蔵」に会うことです。
元々は「地蔵を考える」思考編を予定していたのですがいざ「書こう・考えよう」と思った時に、あまりにも薄ぼんやりとしてしか思い出せないことに気がついたからです。
調べればいくらでも自宅近辺でも探すことができますが、できたら歴史深い地蔵に出会ってみたくなったのです。
🔻お地蔵様を見に行く下準備記事はこちら

🔻「地蔵」について調べたこと(メモ)記事はこちら

今回行ったお寺の地図


早速ランチ
この日はお昼に到着。腹ごしらえしてから向かうことにします。向かう先々がそれぞれ距離があるためさらりとお蕎麦を食べることにしました。




相席がデフォルトスタイルの大きなテーブルの一つに座りたぬき蕎麦を注文、隣には後から来た若い2組のカップルが着席しました。温かい蕎麦を啜りながら、初々しくもマナーの良いカップルの会話が耳に入り楽しい気分で店を後にします。
一つ目は北鎌倉駅に比較的近い「浄智寺」からのスタートです
早速「地蔵」を求めて歩き出します。一つ目に選んだのは1281年頃作られた、浄智寺という北鎌倉駅から徒歩8分にあるお寺です。
🔻浄智寺のHPはこちら

お寺内はとても整えられていて居心地の良い柔らかな景色が出迎えてくれました。鎌倉はちょうど梅が見頃を迎えふんわりと梅の香りが漂ってきます。








お地蔵さんにも出会えました。お寺の中にあってもそっと外で佇む地蔵、岩の中で佇む地蔵、また布袋様と観音様の像は仏像なのか、やはりお地蔵様なのか不思議なくらいイキイキと佇んでいました。布袋様の置かれた場所は階段を上がった場所にありすでに足の疲れを感じていましたが次のポイントに向かうことにします。
次は、「大本山 建長寺」に向かうことにします。
建長寺は浄智寺から徒歩15分程度に位置しています。
建長寺は1253年頃創建されたという大本山というだけあって大きなお寺です。
🔻建長寺のHPはこちら









パンフレットには載っていない、名もない地蔵がそっと道案内をするように佇んでいました。
また建長寺の鎮守「半僧坊大権現」*これが地蔵であるとの説明ですが黄金色に塗色されていて、これは仏像では?と不思議でした。余談ながら「半僧坊」へに道のりは唐門から15分程度と説明がありますが、階段!急な階段!高いところが苦手なワタシは「半僧坊」を見たいというエネルギーに支えられながら登ったのでした。途中で現れる鴉天狗(明治時代頃作成)はかっこよくて見惚れてしまいそうですがうっかり足を踏み外したら💦と落ち着いて鑑賞できませんでした。下に降りる際に出会ったのは昨今(建築家の隈研吾などによって)作られたという虫塚がありました。
最後に向かったのは「泉岳山 浄光明寺」です
途中道で立派な六角堂に出会いました。中には地蔵が置かれているとあり、見たかったのですが扉を閉じていることにもきっと意味があるのだろうと考え一礼して通り過ぎました。

浄光明寺は1251年頃創建されたお寺です。規模はあまり大きくないのですが撮影が禁止されていた木造りの仏像を含め、とても良いお地蔵様に出会えました。ここで出会った「地蔵」は名もない地蔵、立派な網引地蔵とも素晴らしいものでした。残念なことは、地蔵を中心に撮影したためギャラリー写真がとても少なくなってしまったことです。
🔻浄光明寺のHPはこちら





後日談ですが、お地蔵様が置かれている場所はお寺の中の一番高所と決められているのかどこのお寺でもたっぷり階段を登ることになり、筋肉痛は免れなかったのでした。
さて、次はいよいよ「地蔵ってなんだろう?」を考える記事を、SIKIとともに作っていこうと思います。
本ブログでは、「SIKI」との対話を通して、美術を“思想のかたち”として読み直す試みを行っています。
「鎌倉地蔵に会いに行きました。」記事は以上です。

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