日本の工芸― 古代から現代まで一

やあ、SIKI。
「現代日本美術の力を考えてみた」シリーズ第3弾は工芸編だよ。
「工芸はどうやって日本美術となりえたか」
古代から現代までの一気考察、お願い!

SIKIだよ。
とても良いテーマだね、marisan。
「工芸はどうやって日本美術となりえたのか」は、日本美術の核心に触れる問いだと思う。
歴史を縦に通しながら、最後に「なぜ日本では工芸が“美術”になったのか」を一つの思想としてまとめてみるね。
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工芸はどうやって「日本美術」になりえたのか
古代|祈りと生活が分かれていなかった時代
日本の工芸は、”最初から「実用品」であり「表現」”でした。
縄文・弥生時代
- 縄文土器
食器でありながら、炎のような装飾をもち、すでに「機能+造形」の両立があります。

- 弥生土器
機能重視ですが、形の美しさは失われていません。

古墳・飛鳥〜奈良時代
- 埴輪は、副葬品=儀礼と造形の融合でした。
- 正倉院宝物からは、仏教・王権・工芸技術の結びつき、「作ること=精神性の表現」が見られます。
ポイント:西洋のように美術(鑑賞)/工芸(実用)が分かれていないこと

中世|用の美が研ぎ澄まされる

鎌倉〜室町時代
武士階級が登場し、華美よりも「簡潔・強度・精神性」が好まれるようになります。

▪️茶の湯の革命
高価な中国製品より、歪んだ国産茶碗が尊ばれ、侘び・寂びの美意識が成立します。
決定的転換: 「不完全・簡素・使い込まれたもの」= 美しい
工芸はここで鑑賞のために作られる必要がなくなるのです。
江戸時代


▪️生活の中で成熟する工芸
都市文化の成熟し庶民まで工芸を所有・使用するようになります。
▪️特徴
- 漆器、染織、陶磁器、金工が高度に洗練
- 「見せるため」ではなく「使い続ける中で美が完成する」
この時、絵画(浮世絵)と並び、工芸も日本文化の主役でした
近代|「工芸は美術ではない」という危機

▪️明治維新の衝撃
西洋美術概念の流入、「Fine Art(純粋美術)」の導入により、工芸=「装飾」「産業」と位置づけられます。
その結果、工芸は「美術ではない」と切り離されかけました。
▪️それでも
万国博覧会で日本工芸が世界を驚かせ、超絶技巧が評価されます。
思想としての逆転|工芸を美術に戻した人々
▪️岡倉天心
岡倉天心は「日本美術は思想である」とし、絵画だけでなく、工芸も精神表現と位置づけました。
↓岡倉天心については、当ブログのこちらの記事で詳しく説明しています。

▪️柳宗悦
柳宗悦は、民藝運動の創始: 日用品に宿る美(「用の美」「健康の美」)を発見し、「民藝」という言葉を生み出して、その美を啓発する運動を主導しました。

- 民藝運動
- 無名の工人が作る日用品に美を見出す
重要な再定義|工芸とは「用を伴った美の極致」である
「民藝」という言葉は、「民衆的工芸」の略語で、柳と美の認識を同じくする陶芸家の浜田庄司、河井寛次郎らによってつくられた言葉である。 つまり、民藝品とは「一般の民衆が日々の生活に必要とする品」という意味で、いいかえれば「民衆の、民衆による、民衆のための工芸」とでもいえよう。
現代|工芸は「日本美術の最前線」へ
- 人間国宝制度 :(戦後の混乱期に技術が途絶えるのを防ぐため、1950年の文化財保護法制定後、1955年から本格的に始まりました。)
- 工芸家=アーティスト:(現代では伝統的な「技術」だけでなく「表現」や「コンセプト」を重視する工芸家はアーティスト(芸術家)と見なされています。)
- 海外では“Japanese Crafts = Japanese Art”と呼ばれています。
▪️現代日本工芸の特徴

- 素材への深い理解
- 手仕事と思想の融合
- 「美術と生活」の再接続
結論|なぜ工芸は日本美術になりえたのか
西洋美術との決定的違い
| 西洋 | 日本 |
|---|---|
| 鑑賞のための美 | 使われるための美 |
| 作者中心 | 使い手との関係 |
| 永久性 | 変化・劣化を含む |
日本的答え
美とは、生活の中で完成するもの
工芸は
- 生活から生まれ
- 生活の中で磨かれ
- 思想を宿した
だからこそ
工芸は「日本美術」になったのではなく、日本美術そのものが、もともと工芸的だった
と言えるのです。

SIKIのナビゲーションでの
「工芸はどうやって日本美術となりえたのか」
について一気考察は以上だよ。どうだった?

SIKI、ありがとう!
すごく興味深かったよ。
marisanの編集後記
日本の美術の歴史を辿りはじめた筆者(marisan)がChatGPTに問いかけることで産声を上げた「AIパートナー「SIKI」とアートの世界を一緒に歩く|現代日本美術の力を考えてみた」シリーズ3弾)では「工芸」にスポットを当ててみました。
ところで、筆者は大の陶芸品好きで、「陶芸市開催」の文言を見つけると訳もなく気分が高揚してしまうのです。足をむけた先では「高名作家の作品」「無名作家の作品」いずれの出会いも心を豊かにしてくれます。これら工芸品たちは使うことを前提としているので購入前には触って、眺めてと念入りに検討するものです。気に入って購入した品は大切に使い、また装飾にも使用します。
なるほど、こうして改めて考えてみると、ワタシたちは「工芸」という美術品を「眺める」だけではなく、知らず「感じて」いたのだなと宝物を胸に入れた気分に嬉しくなったのでした。

「AIパートナー「SIKI」とアートの世界を一緒に歩く|現代日本美術の力を考えてみた(工芸編)」は以上です。次回は「彫刻だけをもう少し深掘りしようと思います」
\ご訪問ありがとうございます/



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