
本所吾妻橋駅から「たばこと塩の博物館」への散歩道
「たばこと塩の博物館」へは色々な行き方がありましたが、私は浅草線で本所吾妻橋駅から向かうことにしました。A2出口から約10分とあります。この日はフラフラと寄り道することなく向かったので予定通りに目的地に到着しました。寄り道をせずとも駅から浅草通り(453線)に沿って向かう道すがらには東京スカイツリーが、どどん!と間近に見えiphoneを取り出し撮影します。スカイツリーを左手に眺めながら大横川親水公園に入り5分ほど歩くと”大横川親水公園魚釣り場”という場所に出会いました。ここは無料で利用できる人気の釣り堀なのだそうですが、公園の中にしれっとありその日も釣りを楽しんでいる人が結構居ました。魚がいれば鳥も集まるのかサギや鴨なども悠々と水辺で寛いでいる様子に和んでいるうちに散歩は終了、公園を出てすぐ「たばこと塩の博物館」に到着です。
*本所吾妻橋駅から「たばこと塩の博物館」への行き方は、「たばこと塩の博物館」へのアクセス 博物館サイト内”ご利用案内/アクセス”にて詳細が丁寧に書いてあります。












喫煙の像


吾妻橋について|日本らしい歴史を読むことができます
🔻吾妻橋の歴史はWikipediaで分かりやすく説明されています。(関東大震災後の橋修復画像も有)

🔻”錦絵で楽しむ江戸名所”サイトには歌川国貞、歌川広重などが描く吾妻橋を見ることができます。

江戸のおもちゃ絵 について
おもちゃ絵は浮世絵で作られた知育玩具
おもちゃ絵は、絵双六やカルタと共に、近世後期から近代にかけて製作・出版された千代紙風の図鑑的な知育玩具です。東京藝術大学教育コンテンツアーカイブ
”おもちゃ絵”というネーミングは浮世絵に触れるまで聞きなれないワードでした。あちらこちらの浮世絵展に行くとメインの”浮世絵”のおまけ的にチラチラと登場する”おもちゃ絵”の世界に心惹かれていたところ、JTの”たばこと塩の博物館”にて、”おもちゃ絵”の特別展が開催されていることを知り大喜びで出向いたのです。
おもちゃ絵とは:江戸から明治にかけて、おもちゃ絵と呼ばれる主に子ども向けの浮世絵が作られていました。おもちゃ絵には、”虫尽くし”や“道具尽くし”といった同じカテゴリーのものを一枚に集めて描いた「物尽くし」、昔話など話の起承転結を一枚の絵にまとめた「物語」、切り抜いたり組み立てたりする現在のペーパークラフトのような「細工物」、絵双六や十六むさしといった「ゲーム」と、大きく4つのジャンルがあります。………………………..
見て楽し遊んで楽し 江戸のおもちゃ絵 Part2




”浮世絵”を高尚なartサイドにジャンル分けすると、”おもちゃ絵”が”子供向けの浮世絵”だったことに驚きますが、大量生産が可能な印刷物ジャンルに当て込めば(当時の印刷技術は木版画です)納得できます。とはいえ、こども向けであろうと手作業ですから手間暇がかかります。版を作ったらできるだけ大量に刷り上げ、沢山売ることで手間のものとがとれ、商売が成り立ったのだそうです。
天神様のおもちゃ絵
”天神様のおもちゃ絵”コーナーでは”学びの絵から遊びの絵”まで多数作品が展示されていました。歴史に疎い私はその内容に少し混乱しました。天神様=菅原道真であると浮世絵展で見かけたことはあるものの私の中の菅原道真といえば怨霊など怖〜いイメージでしたので「あれ?天神様なんだ?となるとあちこちにある天満神社は菅原道真を祀っているってこと?怖い神様なのに?」とはてなマークだらけとなったのです。
🔻菅原道真について調べてみました!
菅原道眞|天満大自在天神として祀られた経緯
菅原道眞(845~903)は、学問を職業とする家に生まれました。優れた学者だった道眞は藤原氏の勢力をおさえようとする天皇に厚く用いられ、右大臣の位にまで出世しましたが藤原氏によって、地位を追われ九州の大宰府に流され失意のうちに没しました。道眞公の死後間も無く、臣下が天満大自在天神として祀りました。
天神信仰
道眞の死後、疫病が疫病が流行り日照りが続き醍醐天皇の皇子が相次いで死去、延長8年には宮中落雷事件で多くの死傷者が出るなど不幸が続くと、人々は道眞を怨霊としておそれ、霊をしずめるため、神としてまつるようになりました。これが天神信仰のはじまりです。
菅原道真が「学問神」になれた経緯
942年、道真の乳母であった多治比文子に道真の霊が憑依し「自分(道真)を祀るように」と強く求めたことを受け、朝廷は平安京内に北野天満宮を創建することを容認します。また菅原一族が北野天満宮を管理し、朝廷もこの神社を保護して勅祭の社にすると繁栄するようになりました。後々、道真は怨霊として恐れられることは少なくなり、慈悲の神、正直の神、冤罪を晴らす神、和歌・連歌など芸能の神、現世の長寿と来世の極楽往生に導く神として信仰されるようになったということです。
上を調べ、「なるほど」と腑に落ちました。”江戸おもちゃ絵”は、絵双六やカルタと共に、近世後期から近代にかけて製作・出版された図鑑的な知育玩具ですから”学問の神”として知育ツールに登場することは自然な流れだったということなのでしょう。









細工物
細工物はいわゆるペーパークラフトです。印刷された展開図を切り取ってジオラマや灯籠を作ったり着せ替え人形遊びを楽しんだようです。こどものおもちゃのカテゴリーに入っていますが大人たちも一緒に作って楽しんだ思われる緻密な作品も多数ありました。












特別展”見て楽し 遊んで楽し 江戸のおもちゃ絵”展の感想
今に繋がる!”おもちゃ絵”の魅力
”おもちゃ絵”展で感じた既視感|この時代に生きていたわけではありませんが、”おもちゃ絵”を眺めるうちには自身のこども時代の遊びやお祭りの思い出が蘇り不思議な感じがしました。
60代の筆者は、昭和40年代の頃少女漫画雑誌を購入していました。漫画が楽しみなのは当然ですが、”ぱつん”とビニール袋を膨らました沢山の付録も子供にとっては重要なアイテムでした。当時の付録は、人気キャラクターが印刷された薄手のビニール製品(ポーチ)などを目玉としながら、『細工物』のような紙製品の着替え人形、ゲーム、カードなどが入っていました。それらが江戸時代には、おもちゃとして存在していたことを最近まで想像もしていませんでした。また現代の本屋で売られている”大人も楽しめるクラフト製品”の人気は今もって健在で、江戸を生きた人も令和を生きる私たちも楽しみ方に大差なく、木版印刷から機械印刷に技術は変遷しても”おもちゃ絵”文化は続いているのだなと感慨深い想いです。
”見て楽し 遊んで楽し 江戸のおもちゃ絵”展を鑑賞した事で、今も楽しんでいる遊びが江戸時代からの継承だったことに気がつき、驚きと共に時代の繋がりを感じることができました。そうして想いを巡らせると、私たちが手にしているあらゆる物は昨今急に現れたのではなないのだろうと思いました。現代ペーパークラフトが江戸おもちゃ絵に繋がるように、今日は昨日につながり、さらに一歩一歩過去へと辿る事でどこかにある根っこを探し当てることができるのだろうと思いました。
ペーパークラフト参考サイト:atpress CubicFun ミッドナイン 蔦屋書店 あかね書房 readleafbooks
常設展示|塩の世界/たばこの歴史の文化
常設展も折角なので回ってみたところ、”塩の世界/たばこの歴史”の文化も楽しめました。それぞれの種類、作り方、産地など普段目にする事ない貴重な内容が紹介されています。愛煙家の方々にとっては懐かしいタバコのパッケージや珍しい喫煙道具も展示してあり、懐古する楽しみもありそうです。









本所吾妻橋駅〜|たばこと塩の博物館|”見て楽し 遊んで楽し 江戸のおもちゃ絵”Part2 展示の感想は以上です。
\ご訪問ありがとうございます/



コメント